NPO法人ミュージックソムリエ協会


著名人が語る「私の1曲」

1回 森達也さん(作家・映画監督)

 

森達也

――音楽好きで知られる森さんですが、普段はどのような音楽を聴いていらっしゃいますか?

 

森:ほぼノンジャンルです。ロックやフォークも聴けば、クラシックやモダンジャズも聴くし、演歌にだって好きな曲はあるし、民族音楽ばかり聴くこともあります。聴かないジャンルを敢えて挙げれば最近の日本のポップス。つまりJポップとか呼ばれるジャンル。でもこれも、ちゃんと聴き込んでいないからだと思います。ただ、いわゆるラップって、ダメですね。もっと正確に言えば、これまでは良いと思ったことがない。

――もの心ついてから、初めて感動した音楽体験は?

森:1のときにクラスメートからレコードを借りてビートルズの「Hey Jude」を初めて聴きました。これが初めてのビートルズで、ほぼ初めての洋楽。この時期にはビートルズはもう解散していたけれど、そのあとに「Let It Be」とか「Abbey Road」とかを聴いて、さらにローリング・ストーンズやサイモン&ガーファンクル、ボブ・ディランなどに広がります。日本のフォークソングもよく聴きました。拓郎とか陽水とか。その意味ではあの時代のごく標準的な中高生でした。同じ時期に、母親からクラシックを無理やりに聴かされていて、ドヴォルザークの交響曲9番「新世界より」で、やっぱり鳥肌が立つような感覚を持ちました。その後にベートーヴェンやスメタナやチャイコフスキー、リストなどを聴いていました。でもクラシックも聴いているとは気恥ずかしくてクラスでは言えない。今はラフマニノフやバッハをよく聴きます。ジャズは大学に入ってから。やっぱり定石どおりで最初はコルトレーンです。その後にロリンズやロン・カーターに夢中になった時期もあります。一時はジャズ喫茶によく通っていました。

――ニール・ヤングのファンを公言され、ロック誌などにも寄稿されていますが、いつ頃、またなぜ、ニール・ヤングの曲を好きになったのですか?

森:時期的には中3です。やはり友人に誘われて名画座に映画を観に行って、ものすごいショックを受けた。プログラムは「イージーライダー」と「いちご白書」です。それまでに劇場で観た映画は怪獣映画や“東映まんが祭り”とかその程度。だから大げさではなく腰が抜けるほどにショックでした。この「いちご白書」の劇中歌にクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングが使われていて、それから彼らのアルバムを聴き、特にニール・ヤングに傾倒しました。「いちご白書」では、ニールの「HELPLESS」がとても印象的でした。最初は「何だ、この声」という感じだったけれど。それからもう40年ほど、ニール・ヤングはずっと聴いています。偏屈だし期待は外す。移籍したばかりのレコード会社から「わざと売れない歌ばかりを作っている」と訴えられたことがあるそうです。変な人です。でも絶対に一貫している。

――1999年に『放送禁止歌』というTVドキュメンタリーを制作され、同名の著書も刊行されています。この中では、まるでミステリーのようにスリリングな展開で、民放連が作製した「要注意歌謡曲」という単なるガイドラインの周辺で、視聴者や各種団体からの抗議を恐れ自粛するTVメディアの姿を浮き彫りになさいました。それから10年経った今、メディアはどう変わったのでしょうか? 音楽とメディアについて思うことがあったらお聞かせください。

森:いわゆるロックやフォークを聴き始めた頃は70年代初頭。つまりプロテストソングが全盛の時期です。多くのミュージシャンが反戦や反体制を訴えていた。だから歌とは、メロディだけではなくて歌詞に強いメッセージを込めることが当たり前だと思っていました。その意味では今の邦楽や洋楽も含めて、もっと尖ればいいのにと思います。尖らない理由のひとつは、今の大衆が政治的な尖った歌を好まないから。つまり市場原理ですね。これを忘れてはいけない。もしも劣化しているジャンルがあるとするならば、そのジャンルだけが突出して劣化しているわけではない。

――つまりメディアを支える社会の劣化ということですか?

森:はい。放送禁止歌について言えば、実のところそんな規制は存在していなかった。でも当時の僕も含めてほとんどの放送業界人たちが、そんな規制があると思いこんでいた。なぜならそうして目を背けたほうが楽だからです。そしてこれはご指摘のように、放送業界やメディアだけの問題ではない。社会全般に通底します。面倒で複雑なことから目をそむけようとする。心地よさやわかりやすさが最大の価値になってしまっている。たとえば最近のテレビドキュメンタリーでは当たり前のように使われるヴォイスーオーヴァー(吹き替え)という手法。かつてならありえない。だって声は被写体の人物を伝えるうえでとても重要な要素のはずです。思わず吃ったり息を飲んだり声が一瞬だけ裏返ったり、これらは現場を伝えます。でも微妙でわかりづらいから、人々が興味を示さなくなってしまった。こうしてあらゆる情報がパッケージ化されてしまう。
ダーウィンは進化の仕組みを、突然変異と自然淘汰で説明しました。メディアにおける自然淘汰は、視聴率や部数という環境要因によって進行します。その結果として今のメディアは、進化ではなくむしろ退化であり劣化の方向に進んでいます。

――メディアと社会、どちらも絡み合うように劣化しているわけですね。その先に何があるのかを考えると恐ろしい気がします。各自がメディアよりは自覚的に選択できる音楽でさえも情報化、パッケージ化が進んでいます。この現況は文化の劣化につながると危惧せずにはいられません。 
ところでようやく本題ですが、今の森さんにとってもっとも好きな曲、大切な1曲はなんですか?

森:とても難しい質問です。たぶん一週間後に訊かれたら違う答えになるかもしれないという言い訳をしながら答えれば、ジョン・レノンの「Happy Xmas」です。メロディも素晴らしいけれど、歌詞がとてもストレートで、そして感動的。特に「War is over, if you want it」というフレーズ。真実だと思う。世界中の人たちが戦争を終わらせたいと本気で思うなら戦争はその瞬間に終わる。そう考えればとても簡単なこと。でも有史以来、人類はいまだこの簡単なことすら到達できていない。この短いフレーズに、あらゆる矛盾や苦悩、そして理想が凝縮されています。ところが最近はこの歌が、ほとんどクリスマスのBGMのように使われている。もっと歌詞を噛み締めながら聴いてほしいといつも思います。でももしかしたら、ジョンはそれも見越してクリスマスソングにしたのかもしれないという気もしてくる。この曲をBGMとして聴いていた100人のうち一人でも歌詞の持つ深い意味とメッセージに気づけば、そしてそんな人が少しずつ増えてくるのなら、それこそ世界は変わるのかもしれない。だからこの曲は僕にとって、ベートーヴェンの第九交響曲と同様に、音楽が人々に与える影響への絶望と希望の双方を呈示してくれる曲でもあるんです。

――とても共感します。では最後に、ミュージック・ソムリエ協会に期待されることがありましたら、一言お願いします。

森:音楽が人生にもたらす意味はとても大きい。これまでこの協会のような試みがあまり為されていなかったことが不思議なくらいです。それと前にも触れたけれど、ドキュメンタリーを撮るうえで音声はとても重要な要素です。でも最近はとても軽視されている。これも含めて、音や声が人の意識に与える影響はとても大きいのに、気づかない人があまりに多すぎるというような気がします。特に日本は、たとえば欧米の政治の世界では当たり前のヴォイストレーニングを受けている政治家がほとんどいないという事実が端的に示すように、音声の意味が正当に評価されていないと感じています。
ソムリエ協会では音と心身の研究所も併設されるんですよね? とても興味があります。最近の僕の作品(※編集部注:最新刊『A3』集英社インターナショナル)にこじつけるわけじゃないけれど、オウムの麻原彰晃があれほど多くの人たちを魅了したその理由のひとつは、間違いなく彼の声ですね。低音でよく響いて、いわゆる美声ではないけれど、とても説得力のある声なんです。

――実は古今東西の一流の宗教家や政治家は声に秀でています。もっと言えば声の影響力を自覚して使っているんですよ。

森:ああ、やはりそうなんですか。納得できます。多くの人は声の意味にあまりに無自覚すぎますよね。ソムリエの育成と音と心身の研究。どちらも今の時代に、そして時代を超えて普遍的に、とても重要だと思います。


森達也氏プロフィール

もり・たつや●作家・映画監督。1956年生まれ。テレビ番組制作会社で報道番組やドキュメンタリーなど数多くの作品を制作。1996年にオウム真理教をテーマにした映画『A』、2001年には続編『A2』を公開し高い評価を得る。その後は執筆を活動の中心に据え、現代社会に鋭く切り込むメディア論、社会論を展開。『放送禁止歌(知恵の森文庫)』、『職業欄はエスパー(角川文庫)』、『クォン・デ もうひとりのラストエンペラー(角川文庫)』、『世界が完全に思考停止する前に(角川文庫)』、『ぼくの歌 みんなの歌(講談社)』、『死刑(朝日出版)』など著書多数。最新刊は、10年以上にわたるオウム取材と考察の終着点となる『A3(集英社インターナショナル)』。オウムと麻原の核心に迫り、同時にポピュリズム先行が進む司法とメディア、そして現代社会に警鐘を鳴らす問題作。2011年度朝日新聞論壇委員。明治大学客員教授。

 

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